このミス2021大賞「元彼の遺言状」を読んだ感想

書評
スポンサーリンク

【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】とのことで、
ミステリ大好きな身としては看過できず、購入してみました。


5時間ほどかけて読み切りましたので、感想を書き留めたいと思います。

なお、ストーリーの核心に触れるネタバレを含みますので、ご注意ください。

 

あらすじ

500 Internal Server Error

 

「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」
奇妙な遺言状をめぐって、おカネ好きの敏腕女性弁護士が活躍!前代未聞の遺産相続ミステリー「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」奇妙な遺言状を残して、大手製薬会社の御曹司・森川栄治が亡くなった。
学生時代に彼と三ヶ月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、犯人候補に名乗り出た栄治の友人の代理人として、森川家主催の「犯人選考会」に参加することとなった。数百億円ともいわれる遺産の分け前を獲得すべく、麗子は自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走するが――

 

所謂「何モノ」なのか

当作品はどのようなストーリーなのかと言うのは、この先に感想をしたためるにあたり重要なことになってきます。

 

あらすじ的には複雑な謎や奇抜なトリックの「推理モノ」を期待してしまいます。
また、冒頭から中盤にかけては、「法律モノ」のようでもあり、「金融モノ」のようでもあります。
また、「奇想天外系」というほどぶっ飛んだ似非科学やトンデモ設定は出てきませんが、
ノンフィクション系」というには現実味にかける設定が散見されます。
この様に、中盤あたりまでは、自分はいったい何を読んでいるのだろう?という気持ちになります。

 

しかし、最後まで読み終えてみれば、主たる要素は人間心理の捻れに端を発する愛憎劇
読者は、作中人物の挙動や仕草から隠された人間関係を紐解き、「ホワイダニット」を解き明かす事が、本作の所謂「謎解き」に該当します。
(勿論「フーダニット」も重要なのですが、「ホワイダニット」が分かれば自ずと分かる、という順序です。)

 

私の感想では、ミステリ的な描き方をした昼ドラ、という印象でした。
「ハウダニット」「フーダニット」を主軸とした、悪のカリスマvs探偵の派手なトリックや推理劇を期待すると、残念ながら裏切られる事になるでしょう。

 

「読み物」としての評価

数々の小説作品の中にあっては、読み物として文章レベルは、極々「普通」だと思います。

 

勿論、並の社会人風情と比べれば明白に素晴らしい文章力でしょう。
事実を正確に、分かり易く、手短に伝えてくれるため、話が非常に追い易く、詰まることもありません。
疲れる事無く一冊を読み終えることができるというのは、地味ですが凄い事だと思います。

 

一方で、「言葉の魔術」「文字の芸術」という感じではありません。
例えば宮部みゆき西尾維新といった方々は、ストーリーの面白さを差し引いても、
比喩のユニークさや表現の豊かさ、映画的な描写等々、文章の面白さだけで読者を惹き付ける天才たちだと思います。

作者は弁護士の方のようで、やはりその点、「ゴリゴリの文豪たち」とは比べられない、という点は、読み始める前に知っておいてもいいのではないかと思います。

 

何故「大賞」に選ばれたのか

ではこの作品は、何が評価されて大賞の受賞に至ったのか?
勿論、内容的に面白いことは最低限必要だったとして、
私が思うには、「評価しやすいキャッチーなポイントが多かったため」と想像します。

 

特に下記3点は、非常に秀逸だと思います。

 

・すっきりとした分かりやすい文章
・個性の立ったキャラクター
・あらすじの奇抜さ、キャッチーさ

 

これらにより冒頭から、否、あらすじを目にした段階から既に、「続きを読んでみたい!」と強烈に惹き付けられます。
かく言う私も、「このミス大賞」を冠することもさることながら、あらすじに釣られてポチった派です。

 

それはつまり、「商業的成功が想像しやすい」ということです。
私は同年の他の候補作品を読んでおりませんので、その比較で大賞に相応しいかどうかは判断できませんが、
「売れる」ことを一つの基準とするなら、間違いなく高得点を叩き出したことでしょう

 

個人的な感想

以上のように、私の最終的な感想としては、

「地味・・・」というものでした。

もう少し詳述しますと、「面白くなかったわけではないが、求めていたような驚きや爽快感はあまりなく終わってしまい、満足度はさほどでもなかったな」という感じでしょうか。

所謂「鮮やかで天才的なトリック」ではなく、幾つかの意思の重ね合わせ・擦れ違いが事象を複雑にさせたものだったため、紐解いてみればひとつひとつの要因にはあまり魅力がなかったことも地味さの要因だと思います。

 

特に下記3点は、どうにも納得できないまま終わってしまい、消化不良となってしまいました。

 

(1)昼ドラ的なストーリーに爽快感がない

単純に私が、人間関係の捻れを解きほぐすタイプの(=「ホワイダニット」が主の)ミステリが好みでないというだけの話なのかもしれませんが、「読後の爽快感がないこと」一番に挙げられます。

浮気だ不倫だ子供の本当の親が誰だと、登場人物が「現実にいたら糞野郎呼ばわりされるであろう人」ばかりで、読んでて楽しいと思えなかったのです。

(勿論、コミカルな場面もありますし、ドロドロに終始するわけではないのですが。)

スキャンダルやゴシップをエンタメとして楽しめないと厳しいのではないかなと思います。

 

(2)キーワードっぽい言葉が伏線になってない

中盤から終盤にかけて、「ポトラッチ(競争的贈与)」が因業深いテーマかのように仄めかしますが、
最終的に提示された真実を前にすると、特に関係なかったのでは?と思ってしまいます。
また、物語として教訓的なものが提示されるわけでもなく、この要素なしでも成立したのでは?単純にブラフだったのだろうか?と、腑に落ちないまま幕引きとなってしまいました。

 

(3)主人公の心情の動きに共感できない

当作品では、物語のテーマとして「金に汚い最後に主人公が、人間としてちょっと成長する」ことを示唆する描写が散見されます。
例えば、金の亡者たる主人公が殺人の動機を「お金が理由じゃないんです」と見い出すシーンや、
ラストシーンで、安い指輪でプロポーズしたためフった彼氏にまた連絡するところ、などがそれにあたると思います。爽やかな良い演出です。

しかし、肝心の「人間は金が全てじゃない」という説得力のあるシーンが本編中に特にないように思います。そのため、「なんでこの主人公は突然人柄が円くなったんだ??」と置いていかれてしまいました。

(朝陽の献身さに触れたから、とか、村山弁護士の仕事共に意志を継いだから、と言うのが教科書的な正解なのかなと思っていますが、だとしたらメインストーリーと関係なさすぎて、そんなところで成長されても・・・という感じです。)

 

総じて、私の「何を楽しいと思うか」「ミステリーに何を求めるか」という価値観が、
作品の方向性と合わなかったのかな、という感想です。

 

「medium」とは方向性が全く異なる作品

私がこの作品を「買ってみよう」と思った理由として、あらすじの面白さに惹かれたのは前述したとおりですが、
その背景に、「このミス大賞なら面白いだろう」という期待があったことは間違いありません。

そして私の頭の中には、「このミス」像として、2020年度大賞の「medium 霊媒探偵城塚翡翠」が強烈に刷込まれていました

 

「medium」が私にとって「これぞミステリー!」という大満足の傑作だったことで、
同じブランドのコンテストに同様の方針を期待してしまった節は否めません。

 

medium」が「あっと驚く手品を見せられた」ような作品だとしたら、
元彼の遺言状」は、「知恵の輪が解けた」的な読後感の作品だと思います。

 

勿論、同じような作品を大賞に据える必要はありませんし、
寧ろ毎年のファンを飽きさせないように手を変え品を変える方が誠実とも言えるのかもしれません。

 

しかし、mediumの影を勝手に重ねて、なんか地味な話だったな、と思ってしまったのでした。個々の好みの問題でしかないのでしょうけれど。

 

終わりに

以上、「元彼の遺言状」の感想でした。

 

ネガティブな評価と取れる記述が多くなってしまったとは思いますが、繰り返し注釈すると、決して作品として劣ったものとは思いません
単純に、「何を楽しいと思うか」「ミステリーに何を求めるか」という価値観の問題だと思います。

 

良さはそれぞれではありながらも、
もっとドーパミンを垂れ流させてくれるようなミステリーを欲する渇望は冷めないのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました