書評:「神の雫」はなぜ、ワイン漫画の金字塔となれたのか

書評
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ワインが好きです。一番の趣味と言っても過言ではありません。
好きが高じてエキスパートという資格も取得しました。

先日友人とワインを飲んでいるとき、こんな話がありました。

そういえば、「神の雫」って、なんであんなに売れたの?

「神の雫」と言えば、2004年より16年以上続くワイン漫画の金字塔。
その勢いは一世を風靡しドラマ化も成し遂げ、ワイン好きでその名を知らない者はないほど。
実際の店舗でも、「神の雫で紹介された」という殺し文句のポップは後を絶ちません。
私も全巻揃えて何度も読み返し、現在連載中のマリアージュ編も日々続きを楽しみにしています。

今回は、神の雫は何故一世を風靡したのかについて、思い起こしてみたいと思います。

結論:なぜ「神の雫」は圧倒的に売れたのか

結論から一言で言うと、「神の雫」がワイン漫画の金字塔となった理由は、
「作中のワインがあまりにも美味そうだから」
これに尽きると考えます。

しかしそれだけではあまりにも言葉足らずなので、
それを支える3つの要素を挙げて補足したいと思います。

要素①:表現のレベルが圧倒的

この漫画の面白さを支えているのは、ワインの表現が素晴らしすぎる点にあると考えます。

ワインの表現とは、ソムリエが良く言う比喩表現を指し、
「日だまりの庭のような~」「深い森のような~」などを想像してもらえればと思います。

実はこの表現については、各々が好き勝手に言いたい放題言っているわけではなく、
日本ソムリエ協会が定めた統一的な言い方があります。
例えば、

「青リンゴ」  ・・・若さや酸味を表す
「煙草」        ・・・熟成感や飲み頃を表す
「焼いたパン」・・・マロラクティック発酵に依る香り

といった具合。
この作品の凄い点は、この統一表現を踏襲しつつ、それを進化させているところです。
例えば第一の使徒であるシャンボール・ミジュニー レ・ザムルーズの表現を引用しますと、

苔むした木々から湿り気を帯びた生命の香りが漂う中
癒やしを求めて森の奥を目指して歩く
ふと目の奥に差し込む一条の光に私は気づく
森の中にあるはずのない 花や赤い果実の香り
不意に森が開けー 奇跡のように湧き出した澄みきった小さな泉

これは、フランスの陰性のピノ・ノワールを表していると、作中で解説されます。
苔や森はアルコールの落ち着きと第三アロマである樽香、
赤い果実はイチゴやフランボワーズのような果実の甘みでしょうか。
一口目からなめらかで派手さのない、しかししっかりと熟成したタンニンと、
その奥から静かに主張する葡萄の甘みが想像できる、素晴らしい表現だと思います。

ここまでワインを文学的な美しさで表現した漫画はなく、唯一無二の特徴だと言えます。

思えば、そもそも作中の「使徒探し」自体が、良いワインを選ぶことが目的ではなく、
「如何にワインの素晴らしさをプレゼンできるか」を競っているんですよね。
つまりワインの美味さを表現することが、作品コンセプトになっていると言えます。
そんな表現されたら、ワインが飲みたくなるに決まってます。

ちなみに私が一番好きな表現は、島崎藤村の「初恋」という詩を引用した第四の使徒です。

いつの間にか私は 低塩の直中に佇んでいた
紅色 櫻色 赤紫・・・・・・ そして白妙の鮮烈な花のハーモニー
私はその中から赤紫の一輪をそっと摘みとり
いつか少女とともにそうしたように蜜線を吸った
混じり気の無い透明な仄かな そして自らを語ろうとしない無口な甘さが
記憶の中の少女の微笑みと甘い口づけに静かに連なっていく・・・・・・
そのワインは 初恋の人に似ている

いつか味わってみたい、この表現を感じてみたいと思っていますが、
シャトー・ラフルール ’94、市場価格で12万5千円・・・その日はなかなか訪れなさそうです。

要素②:読者視点に寄り添った設定

他のワイン漫画も数多あり、いずれも「神の雫」に負けず劣らぬ名作だと思います。
「ソムリエ」「瞬のワイン」「ソムリエール」「真湖のワイン」あたりが有名でしょうか。
私は特に「ソムリエール」が好きで、こちらも全巻読破しました。
ワイン以外も含めるなら、「バーテンダー」「まどろみバーメイド」等もいいですね。

これらに共通する設定は、「主人公がワインを提供する側の人間(=プロ側)」ということです。
一般に誰もが知識があるわけではないジャンルなので、
「プロ視点」で話が展開していく方が物語が作りやすいからではないかと思います。

「神の雫」が違う点は、主人公はあくまで「ただのワイン好き」のスタンスであること。
つまり、録に知識は無いが、味わいを感じ取り、表現していく物語なのです。
この設定は意外に例がなく、確かな特色として挙げることが出来ます。
ほとんどの普通の読者=「プロになる気のないただのワイン好き」に寄り添った設定と言えます。

要素③:絵があまりにも美麗

こちらはもはや言うまでもありませんが、例え僅かでも触れないわけにはいきません。

作画のオキモト・シュウさんは、ワインの描画が上手すぎます。

こちらは先ほど紹介した「初恋のワイン」ことシャトー・ラフルールの描写ですが、
ワインの輝き、透明感、ボリューム、瑞々しさ、全てが描き表されていると思います。
(私は絵心皆無なのですが、液体を描写するのってなかなか難しい部類なのでは?)

先ほど挙げた他の作品も上手いのは勿論ですが、
この作品は、もはや芸術の域に達していると思います。
こんな絵を見せられたら、ワインが飲みたくなるに決まっています。

ちなみに、オキモト・シュウさんの前作「サイコドクター」では、
同様に美麗ながらもやや若さを感じるタッチの絵を見ることが出来、こちらもお薦めです。

終わりに

ということで、あまりにも今更ですが、「神の雫」の特異点を挙げていきました。
読めば読むほど表現の深さを感じられる、最高のワインの教科書でもありますので、
これから続く物語も含めて、末永く反芻して楽しみたいと思います。

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