「特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来」を「密室黄金時代の殺人」と合わせて読んでほしい理由

書評
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GW休みを利用して、2022年『このミステリーがすごい!』の大賞受賞作である、南原詠「特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来」を読みました。

 

色々な面において斬新な作品で、これが2022年のミステリかと新鮮な驚きを感じられました。大変面白かったです。

読後、個人的には2022年の「このミス大賞」の選考について、「2作品合わせて評価されるべき作品」を提示してきたなと感じました。そのことについて、書き留めたいと思います。

以下には、本編のストーリーとはあまり関係のない範囲でのネタバレを含みますので、ご注意ください。

あらすじ・概要

第20回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作は、現役弁理士が描く企業ミステリーです! 特許権をタテに企業から巨額の賠償金をせしめていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来が、「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする特許法律事務所を立ち上げた。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。未来はさまざまな企業の思惑が絡んでいることに気付き、そして、いちかばちかの秘策に……!

(Kindleストアから引用)

『このミステリーがすごい!』大賞 » 第20回『このミス』大賞発表
出版社 宝島社 『このミステリーがすごい!』大賞の公式サイト。募集要項・最新進行情報・過去の受賞作と講評などの情報のご案内。オンライン書店からのご購入も可能です。

良かった点

「VTuber」という、最先端の題材

まずこの作品において、最も目を引くのは「題材の真新しさ」でしょう。

中でもVTuberという文化は、2010年代後半から始まり、2020年前後にようやく世間に浸透してきたくらいのものです。(私の親世代くらいだと、まだVTuberという言葉をいまいち理解していなかったくらいです。)


また、VTuberというアイコンだけを扱うのではなく、VTuberの事業形態、撮影方法、ライフスタイルといった観点にまで切り込んでいる点も非常に斬新です。

これらを題材にした文芸作品自体がまだまだそう多くはないでしょうし、更にはミステリ作品となると、本当に数が限られるのではないでしょうか。少なくとも私は、そういった作品を他に知りません。皆がよく分かっていない業態にスポットを当て白日に晒すことは、それだけで文芸的な意義があります。良い意味で非常に目立つ作品だと言えるでしょう。

「特許権」という、従来とは全く異なる「謎」と「解決」

更に、ミステリの構成としても非常に斬新でした。

従来のミステリにおいては、多くは「殺人のトリック」という謎があり、それを「推理で解明する」ことに主軸を置いたものでした。
しかし本作品では、謎は「特許の不完全性」にあり、それを利用して「クライアントと権利保有者との落としどころを探る」というゴールを目指して展開されるのです。

それだけを聞くと、それって面白いの?という気持ちになるでしょうが、本作の最も秀でたポイントは、その解決方法の鮮やかさにあるのです。
即ち、「まぁまぁここは譲り合いまして・・・」などという温い方法ではなく、陰謀めいた策略によって相手を追い込み、甘言によって内部分裂を誘い、脅しすかして勝利をもぎ取るという、実にドラマティックなやり方です。なので「落としどころ」ではなく、「落とし前つけさせる」と言った方がよかったかもしれません。

まとめると、この作品の魅力は、兎にも角にもその「新しさ」にこそあります。正にミステリ界のブルーオーシャン、2022年5月時点において、全く唯一無二の作品だと言えます。

なので「今」読む事にこそ価値のある作品だと思いますので、未読の方がいたら是非、なる早でお読みいただくことをお勧めします。

いまいちだった点

一方で、過去の超名作である「屍人荘の殺人」「Medium」などと比べると、どこか物足りなかった面もなくはありません。

特許権、VTuberについてよく分かる!・・・というわけでもない

一般的に、こういった新しい分野の作品を読む際に期待することは、「楽しく、分かり易く教えてくれること」ではないでしょうか。
例えば「もしドラ」はマネジメントに詳しくない人こそ読むべき作品ですし、「下町ロケット」で日本製品を下支えする町工場の方の存在を認識した人もいるでしょう。或いは、「アイシールド21」でアメフトのルールを知った、というケースもあるかもしれません。

 

しかし、本作品において、特許を楽しく感じられるか、分かりやすいかと言われると、別段そういうわけでもなかったな・・・という感想でした。
誰でも読んで理解できるレベルに落とし込まれているので、読む人は選ばないと思います。それだけで充分すごいことなのでしょう。しかし、読後に残ったのは、「特許権をそっくり譲り渡すようなすごい契約がある」というふんわりした局所的な理解と、「権利絡みの話って、やっぱり怖いし面倒臭いんだな・・・」とい気持ちでした。残念ながら、もっと学んでみたい!といった前向きな思考にはなれませんでした。勉強がてらに読んでみよう、というような意識高い系の読み方はお薦めできません。

前述したように、皆がよく分かっていない業態にスポットを当て白日に晒すことはそれだけで文芸的な意義があると思います。そしてその際には、「分からないことが分かるようになる」こと、及びその経過として「楽しく、分かり易いか」が非常に重要であると言えるでしょう。
その点において、本作品には「楽しく、分かり易く」という点において発明がなかったのは大変惜しいと感じました。

ミステリとしての完成度

次に、単純にミステリとしての完成度がいまいち、という点が挙げられます。

そもそもの疑問として、「これはミステリなのか?」と感じる方もいるでしょう。新しい事に挑戦する者が総じて直面する壁と言えるのかも知れません。マヂカルラブリーみたいな。
まぁ、ここではそれは問題にしません。あくまでミステリとして扱います。

ミステリではないとは言わないのですが、ではミステリとして面白いかと言われると、うーんという感じです。

その最大の問題点として、「推理パートがない」ことが挙げられます。
ミステリの醍醐味は、探偵役のロジカル、或いはラテラルな思考によって、見えなかった真実が暴かれる過程にこそあると考えます。それが本作品にはないのです。
具体的には、本作には「推理」の要素がないので、代わりに「調査・解析」が探偵パートの主となります。当然、その調査・解析は読者は行なう事ができませんので、作品から提示されるのをただ待つだけです。ここは従来のミステリの在り方に対して、明確に劣っている点だと思います。
更に残念なことに、この主人公、ほとんど自分で考えるということをしません。先に挙げた「調査・解析」は外注に丸投げしており、その結果をこねくり回して解決策を考える、という流れなのです。書き方で主人公を魅力的に見せようとはされていますが、個人的にはこれも大きなマイナスポイントでした。

(蛇足ですが、今回のように解析や調査という大切だが地味な仕事をするのは脇役、それをリスペクトもなく吸い上げるのが主人公、という構図はとても嫌いです。日本人の技術者軽視の風潮は本当によくないと思っていますが、それを体現したような作風になってしまっている点は、控えめに言って糞だと思いました。)

 

2点目は、VTuber天ノ川トリィの行動原理にムリがありすぎるという点です。

あらすじとして、VTuber天ノ川トリィの個人情報が漏れることから事件が転がっていくのですが、本来匿名性の極めて高いはずの「VTuberの個人情報」が何故漏れるのか?という点の設定が雑すぎました。
具体的には、「個人情報が漏れたのは、天ノ川トリィの名前で機材を購入したから」という点ですね。なんでやねん、どこの世界に芸名で通販するやつがおるんやと。
更には、「天ノ川トリィは中の演者と同じ顔をしたスキンである」「顔も隠さず街に出て堂々と活動している」という。そんなやつおるかいと。
おまけに「だけど仕事とプライベートは完全に分けたいなどと宣う」という。正直、読んでて意味不明でした。ご都合主義にもほどがあろうと。

従来のミステリで言えば要するに、「トリックを実現したいがために無理矢理に並べられた設定」なのです。
エンタメなので現実的でないことはまぁ気にしないとしても、個人情報を漏らすためだけの都合の良い設定と、それをフォローするための本編とあまり関係ないエピソードが延々と続く箇所は、振り返ってみると伏線でもなんでもなく、全く無駄な描写だったのだなとがっかりしたものです。

 

以上、良かった点といまいちだった点をまとめてみると、各特徴が諸刃の剣の様に鬩ぎ合っていた作品だったように思います。

2022年このミス大賞は、「2つで1つ」

さて、これまで書いてきたとおり、本作は非常に先鋭的で現代社会における新しいミステリの形を提示した、パイオニア的な存在といえるかと思います。
しかし一方で、その完成度においては様々な粗が目立ち、正直、大賞に相応しい出来かと言われると疑問符がつきます。

そこで考慮に入れていただきたいのが、2022年「このミス」文庫版大賞受賞の「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」です。
あちらもまた尖った作品でありましたが、その特徴は「トリック以外の一切を削ぎ落とした古典ミステリ」でした。

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鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」を読みました。この作品は「はやい、うまい、やすい」!そして密室分類の網羅性について検証!

そう、あちらが「古典的、シンプル」なのだとしたら、本作は「革新的、情報量多」です。
つまりは、全く逆の方向性の2作品であると言えるでしょう。

2022年「このミス」の選考について、私は、全く相反する方向性の2作品が受賞することでミステリの「今まで」と「現在」が見えてくる、実に粋なものだったと解釈しています。

またこれまで、バランス重視・欠点のないことが必要条件だった賞選考において、特定方面に特化した尖兵的な作品が評価されたことは、ミステリ界における新しい風になると思います。
そういった点でも、ミステリの「今まで」と「現在」、そして「これから」を描き出すことに意義のある大賞受賞だったのではないでしょうか。

終わりに

以上、「特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来」の感想というか、「このミス2022大賞」の感想でした。

辛辣なことも書いてしまいましたが、総合的には非常に面白かったです。5時間程度を休むことなく一気読みしてしまったくらいです。
やはり「このミス」はハズレがないなぁと思いました。大賞以外も機会があれば読んでみたいなと思います。

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