小説「午前零時のサンドリヨン」は如何にして「城塚翡翠」に進化したかの考察

書評
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相沢沙呼のデビュー作「午前零時のサンドリヨン」を読みました。

medium」で相沢沙呼作品にハマり、「invert」もまた最高に面白かったので、是非遡って「ビフォアー城塚翡翠」な作品にも触れてみたいと思ったためです。

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そしてこの「酉乃初の事件簿シリーズ」1作目である本作がまた非常に面白かったので、忘れないうちに感想を書き留めたいと思います。

なお、あらすじレベル以上のネタバレはありませんので、未読の方も安心してご覧ください。

あらすじ・概要

ポチこと須川くんが、高校入学後に一目惚れしたクラスメイトの女の子。
他人を寄せ付けない雰囲気を纏っている酉乃初は、実は凄腕のマジシャンだった。
放課後にレストラン・バー『サンドリヨン』でマジックの腕を磨く彼女は、学校で起こった不思議な事件を、抜群のマジックテクニックを駆使して鮮やかに解決してみせる。
それなのに、なぜか人間関係には臆病で、心を閉ざしがちな酉乃。
はたして、須川くんは酉乃との距離を縮めることができるのか――。学園生活をセンシティブな筆致で活き活きと描いた、“ボーイ・ミーツ・ガール”ミステリ! 第19回鮎川哲也賞受賞作。

(amazonより引用)

2009年発刊、今や超売れっ子の作家・相沢沙呼のデビュー作です。

本書は1話70~100頁×4話の短編集(全377頁)ですが、それぞれが完全に独立しているわけではありません。特に最終話では、それまでの短編の描写や自分関係が全てが繋がってきて、一本の物語として収束します

更に、本作の主人公である酉乃初は「invert」にも登場したりと、後の作品との繋がりも見られます。
が、本作と「城塚翡翠」のどちらを先に読んでも問題ありません

なお、「サンドリヨン」とは、シンデレラのフランス語読みです。(ちなみに、「シンデレラ」は英語読み。)

良かったところ

まずは、この作品の良かったところを挙げていこうと思います。

・マジックに共鳴するストーリー

→各話のタイトルに「トライアンフ」「カード・スタッブ」「プレディクタ 」などの用語が使われているように、各話はマジックの内容にリンクするようにストーリーが構成されています。また話の中にも「センターテア」「フラリッシュ」といったマジック用語が多用されたり、ストーリーマジックの描写が出てきたりと、今作においてマジックとストーリーは表裏一体の関係にあります。なんともお洒落な演出です。
「invert」においてもマジックが重要な見立てになっていたりしますが、それよりも更にマジック率高めと言えるでしょう。
各マジックの説明は、作品中にあるにはあるのですが、特にマジック初心者にはどういう動きなのか、文章からだけではちょっと分かりづらいと思います。ので、動画などを参照しながら読み進めると、より楽しめるかと思います。

 

・伏線からのどんでん返し

城塚翡翠シリーズの目玉とも言える終盤における伏線回収からのどんでん返しですが、当作品においても顕在です。
「どんでん返し」というよりは、「収束」と言った方がしっくりくるかもしれません。
無関係と思われた事件、何気ない言動、さりげない描写の全てが意味を持ちロジカルに解き明かされてくる終盤の加速度は半端在りません。流石は相沢沙呼と唸らされることでしょう。

 

・謎がしっかり不思議

→本作は「日常の謎」をテーマにしているため、扱われる謎は殺人事件のような大々的なものではありません。どこにでもある高校の日常の中にある不思議なワンシーン、という感じです。

ただし勿論、どうでもいい事件を扱っているわけもなく、しっかりと不思議で首をかしげるような現象が起きます。
そして後半になるに従いそのスケールが少しずつ大きくなってきて、「扉ごしに出る幽霊」「自殺した女子生徒のメッセージ」「期末テストの点数の予言」といった、よりミステリらしいものに深まっていきます。

 

以上の様に、本作はしっかりと「ミステリ」であり、ラノベだのラブコメだの呼ばわりされるクオリティではないと思います。(その要素がある事は否定しませんが)
テイスト軽めなのかな?と思わせておいて、がっつりカウンターを食らわせてくるようなインパクトのある作品です。

イマイチだったところ

一方、よく言えばデビュー作の初々しさなのかもしれませんが、まだ発展途上だなという印象を受ける点もありました。

・登場人物に魅力がない

→主な登場人物として挙げられる、①酉乃初(ヒロイン)、②ポチ(語り部)、③真犯人(※微妙にそぐわない言葉ではありますが、ここでは敢えてそう呼びます)の3人が、いずれも人間的魅力が乏しく、共感も尊敬もできない、という点が、最も残念なところでした。

 

まず主人公で探偵役の酉乃初は、無表情情緒不安定悲観的と、文章だけ見てると良いところがあまりありません。「FF7のクラウド(リユニオン後)についてビジュアルなしで説明すると唯の根暗野郎になってしまう」という感覚に近いでしょうか。
逆に、それを「美少女だからOK」と飲み込ませ納得させてしまう、久方綜司表紙絵(新装丁版)のパワーは凄い。

また、魅力がないのは真犯人においても同様です。
なんでそんなことになってしまうのか、常人の心理からすると意味不明に思えるくらい、情緒不安定な犯行動機で、ちょっとついていけませんでした。
悪役にも悲劇のヒロインにも徹する事のできない、中途半端で感情移入できない存在に思えて成りません。

そして最も残念なのが、語り部のポチです。彼にはマジでいいところがありません。笑
・特段、特技や長所がない
・特段、努力らしい努力をしてない
・デリカシーも男気もない
・土壇場でいいところを見せるかと思いきや、そうでもない
・そのくせ絶えずポエミィなモノローグを披露してくる
・にもかかわらず、女子からの好感度が高い 笑

というように、如何にもモブスペックなのにラストではちゃっかり漁夫の利(?)を得る。何というか・・・ラノベ的というか、ギャルゲーの主人公的というか・・・

 

前述したように、本作は決して、ラノベだのラブコメだの呼ばわりされるクオリティではないと思います。
裏表紙には「ミステリの決定版」とも書いてあるので、制作側にもこれは「ミステリ」であるはずです。
なのにどうにも本格ミステリの読後感になれないのは、この人間描写の弱さにあるのではないかと思いました。

 

・スケールの大きさと題材が釣り合っていない

→もう一点残念なところは、このミスマッチ感です。具体的には、スケールとは「本一冊丸ごとを利用したプロット」を、題材とは「学園の日常もの」という点を意図しています。

ただの日常風景にメチャクチャ細かい伏線が張り巡らされているので、それが最後に種明かしされて、読後に「そんなところにまで伏線を仕込んでいたのか、凄かったー」とは思えるのです。

が、読んでいる最中はそんな些細なところに注目しているはずもなく、完全に虚を突かれたというか、「そんな小さいところに力入れられても・・・」という釈然としなさが、心の隅に引っ掛かったのでした。

最初から本格ミステリのテンションで読むべきだったのかもしれません。

「城塚翡翠」への進化

さて、「良かったところ」に挙げた点ですが、これらのほとんどは「城塚翡翠シリーズ」の特徴と共通していると言っていいと思います。
共通点をキーワードで挙げてみると、下記のような要素です。

・マジック
・主役が天才女子
・霊媒、オカルト
・ギーク(IT、プログラミング)
・短編集
・各編が伏線→最後に収束

作者の相沢沙呼は自身がマジシャンでもあるそうで、おそらく、作者の得意分野と思われる要素・スタイルを後の作品にも継承したのでしょう。
故に本作は、「城塚翡翠のプロトタイプ」と言ってもいいのではないかと思いました。

そして「城塚翡翠」においては、前述のイマイチだった点が改善されているのも特筆したいところです。

登場人物に魅力がない
→主人公が個性的、前向き、表情豊かで魅力たっぷり
スケールの大きさと題材が釣り合っていない
壮大なプロットに釣り合ったシリアスな世界観

こうして、プロトタイプは完全体へと進化したのだと感じました。

つまり、作者の得意なものをぶっこんだデビュー作を練りに練り上げ、その集大成として再構成されたものこそが、城塚翡翠なのではないかと。
「invert」に酉乃初が出てくる事もあり、作者的にも同ベクトルの世界観・ストーリーの繋がりを意識しているのではないかとも想像されます。

まとめ

本作「午前零時のサンドリヨン」においては、「城塚翡翠シリーズ」に見られる相沢沙呼の得意なスタイルの前身が見られます。

言うなれば、本格ミステリ「城塚翡翠」のプロトタイプ。漫画で言うと連載前の読み切り的な位置づけとも言えます。

しかし、内容は間違いなくしっかりとした「ミステリ」なので、謎を解きたい方もがっつり楽しめます。

amazonのkindle unlimitedでは、本作と「medium」のどちらも読み放題対象なので、既に加入している方は読まないと勿体ないですよ。

終わりに

ということで、相沢沙呼のデビュー作「午前零時のサンドリヨン」の感想でした。

記事タイトルの通り、「午前零時のサンドリヨン」が「城塚翡翠」に進化していったのは間違いないと思うのですが、
しかしその間にあるシリーズを未読のまま語ってしまっていいのだろうか・・・という気もしています。

ので、次は「マツリカシリーズ」を読んでみようと思います。他にも色々作品を出している方なので、今後の楽しみが増えて喜ばしい事です。(^-^) 今後も考察を深めていきたいです。

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