小説「invert II 覗き窓の死角」を読了しました。
「medium」「invert」と立て続けに世に送り出されたド名作シリーズの3作目となる続編。作者は相沢沙呼。
もはや面白いであろうことに疑う余地などありませんでしたが、その期待を裏切らず、今作もとてもとても面白かったです。
一方で、今作はこれまでのシリーズとは異なるアプローチだったなとも感じました。
その感想について、書いてみたいと思います。
それにあたり、以下は未読を前提に記載したいと思います。
したがってネタバレはありませんので、安心してご覧いただければと思います。
勿論、本当はそんな予備知識すらなく、唯々本編を楽しむべきだとは思いますが。
あらすじ・概要
(amazonより引用)
本作は、「ほぼ」独立した2本の中編から成る小説集となっています。
各章のボリュームの比率は、3:7という感じでしょうか。
ので、中編2本というよりは、短編1本+中長編1本、という感じです。
シリーズ1作目の「medium」の直接の続編にあたるわけではないため、単独で読んでも理解は出来ると思いますが、読了は必須だと思います。
というのも、城塚翡翠とは何者なのかということ自体に重要なトリックを仕込んでいるのが「medium」であり、本作を先に読んでしまうとその価値が台無しになってしまうためです。
一方、前作「invert」を飛ばしても大丈夫か?と言われれば、個人的には問題ないかなと。ストーリーに直接的な繋がりはありませんし、順番が前後する事によるネタバレや伏線の破壊はないものと思われます。
ただ、逆に言えば「II」を先に読むメリットもありませんし、詳しくは後述しますが個人的には「invert」の方が広くお薦めできる作品ので、やはり順番通りに読んでいくのが良いかと思います。
「生者の言伝」について
城塚翡翠シリーズ至上最も軽いノリで書かれた、非常に前座感溢れる問題作(笑)です。
作風は「マツリカ・マジョルカ」の方が近いと言えるくらいです。「あれれ、相沢先生、シリーズ間違えちゃいました?」と思ったくらいです。(笑)
その特徴はなんといっても「最弱の犯人」。稚拙な犯行、杜撰な隠蔽工作、怪しすぎる言動。
しかしそこから偶然性を排除し、確たる論理を以て真相を暴くということがどれだけ難しいことなのか、をテーマにした作品と言えるかと思います。
個人的には、相沢先生の描く10代の少年はあまりにもラノベ的というか、なよなよ・うじうじしていて雑魚感が半端ないうえに、どうしようもなく馬鹿で猿なので、正直かなり嫌いな部類です。前述のマツリカ・マジョルカも、それが原因であまり面白いとは思えませんでした。
この「生者の言伝」はそんな要素が前面に出まくった作品なので、私のように苦手な人は眉を顰めながら読む事になるかもしれません。
しかししかし、最後にはしっかりと「invert」してくれることで、そんな鬱憤は綺麗に払拭されます。
解決編中盤での想像もしなかった急展開には、ページを読み飛ばしたかと思って二度見してしまったほど。またもや、完全に欺かれました。
犯人が雑魚過ぎて、これ推理する必要ある?というミステリにあるまじきモヤモヤを抱えながら読み進めていったのが嘘のよう、正に霧が晴れるように、終わってみれば非常にすっきりとした読後感で、城塚翡翠シリーズの中でもかなり好きなエピソードになりました。
結局、またもや、全ては作者の掌の上だったのだなぁと。
「覗き窓の死角」について
サブタイトルにしてメインタイトル、本作品の目玉的な位置づけのお話です。
このエピソードでは、「城塚翡翠という人物の内面」に強くスポットが当たる事になります。これは、今までの城塚翡翠シリーズにはなかったアプローチでもあります。
大前提として、本作にはミステリとしての魅力も充分に詰め込まれています。
前作では奇術的などんでん返しが印象的でしたが、今作においてはそれは控えめです。言い換えれば、ミステリとして非常に王道的。思いもよらないアリバイ工作、巧妙に読者をミスリードする倒叙形式による叙述トリック、そして何より、「城塚翡翠だからこそ気づけない」という作品の核となる部分の唯一無二感。その数々の伏線が全て改修されていく解決編は正に圧巻です。
そして、「invert」の名がつくのに相応しく、作品全体が反転していくような構成もお見事でした。犯人、被害者、人間関係、時系列、犯行動機。その全てが、最初と最後では全く別物のように見方が変わっていきます。
そしてそんな中で唯一変わらないのが「城塚翡翠の正義」なのです。
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これまで、城塚翡翠は「謎めいた天才」というイメージで描かれていました。それは、論理の鋭さ・言葉の鋭利さや、プライベートが垣間見えないといった点からきていた印象かと思います。
それに対し「覗き窓の死角」では、彼女のあまりにもニュートラルな姿が描かれます。ときには過去の回想や生い立ち・家庭事情にも触れながら、ときには弱くポンコツな、あまりにも普通の女性である彼女が犯人と戦わなければならない苦悩や葛藤がフィーチャーされ、ドラマ的な側面が強い作品だと言えるのではないかと思います。
そしてまた、彼女の苦悩がなんとも悲しいんですよねぇ・・・冒頭の描写の幸福感が強いだけに、それが「反転」しまう後半は・・・
ミステリ作品において探偵はあまりにも普通のこととして犯人を追い詰めるわけで、それを楽しむために読んでいるはずなのですが、逆に「もう、見て見ぬ振りしちゃってもいいんじゃないかな・・・」などと思ってしまいました。こんな感想は初めてです。
以上の様に、この作品は「城塚翡翠という人物を掘り下げることに主眼が置かれた」ものと言えます。彼女は何故犯罪を暴き、犯人と戦うのか。読み終えた頃、きっと誰もが彼女をより好きになっている事でしょう。
何故この2編がパッケージされたのか
「生者の言伝」と「覗き窓の死角」は、ストーリーとして直接の繋がりはありませんが、「弟」というキーワードでほんの少しリンクする部分があります。
しかしそれ以上に、この2つのエピソードが「invert II」として同梱された理由は、「人間の認識の不確かさ」というテーマで繋がっているからだと感じました。
当初読者が思い描いた「こういう話なのかな」というイメージを、悉く覆していくことで、「誰も簡単に真実に至れると思うな、我々はもっと真剣・慎重に、真実に向き合おうとしなければいけないんだ」というメッセージを感じました。
昨今問題になる事が多い誹謗中傷ですが、探偵気取りで他者を糾弾するなら、それに相応しい確固たる論拠を出している人がどれだけいるのか、ということですね。
終わりに
ということで、「invert II」の感想でした。
とてもとても面白かったのですが、2話目はかなり重悲しいストーリー展開だったこと、そしてそもそも「城塚翡翠というキャラクターを好きな人のための深掘り回」という印象だった事から、やはり万人にお勧めしたいのは、単純にミステリとして爽快感の強い「medium」「invert」の方かなと思います。
しかし、城塚翡翠という人物像が深掘りされた事で、よりシリーズに厚みが増してくると確信しています。次のエピソードを首を長くして待ちたいと思います。
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