「もしドラ」は、如何にマネジメントが浸透していないかを啓発する物語だと思う

書評
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あまりにも今更ですが、2009年刊行の「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(以下「もしドラ」)を読みました。

もう10年以上も前の作品ですが、今更読む価値がないのかと言えばそんなことはなく、改めていい気付きを得られるとてもよい本でした。
寧ろ定期的に内容を思い返すべきなくらいだと思うので、忘れてしまわないよう、また書き留めたいと思います。

 

以下、読了済みを前提に、作品の根幹に関わるネタバレを含みますので、ご注意ください。
尤も、この記事を先に読んだからと言って、この本を読む価値が損なわれるということは、ないとは思いますが。

 

あらすじ

みなみは、野球部のマネージャーとなる。
まずは「そもそもマネージャーとは何をするのか?」ということから調べるために書店にいき、ドラッカーの「マネジメント」を経営者のための本と知らずに購入する。
野球部を「甲子園にいくことで顧客に感動を与える組織」と定義し、「マネジメント」の知識を用いて次々とイノベーションをもたらし、強いチームへと導いていく。
東京地区予選を勝ち上がり、決勝戦の直前で、親友の夕紀が病死するという悲劇に見舞われながらも、チームは勝利し、甲子園出場を勝ち取る

 

超絶簡単にまとめると↑こんな感じです。
より具体的なストーリーを思い出したいときは、こちらのフローチャートが非常に分かりやすいです。↓

もし「もしドラ」を手書きで図解したら
手書きで図解を書くことは、実は読書記録にも向いています。難しい本も図解によって分かりやすく理解できるのも利点です。今回は90万部を超える大ヒットビジネス書「もしドラ」を手書きで図解してみましょう。多少ネタばれ要素がありますのでご注意を。

 

想像を裏切るユニークなテーマ

さて、この本を読み終わったとき、「期待通りだった」と思った人はあまりいないのではないかと思います。
その理由として、この本を手にする人は、下記のような内容を期待していることが多いためだと思います。

 

・ドラッカーの「マネジメント」を解説してくれる本
・高校野球を題材にした青春ドラマ

 

しかし私は、このどちらもが、この作品の本質とは異なっていると考えます。

 

まずマネジメントについては、さほど深い知識を教えてくれるわけではありません
私は仕事でPMPの資格をとっており、マネジメントについては多少勉強したことのある身ですが、それからすると、この本の内容は初歩中の初歩、10ページあれば説明し切れるであろう程度の内容でしかありません。

PMP試験に合格したので、その過程のレポ
2020年10月に、PMP試験(6.0版対応)に合格しました。 今回、かなり計画的に準備でき、合格をほぼ確信しながら受けることができ、 進め方としてはかなり理想的だったと思っています。 (正直、成績は微妙だったので、あまり大口は叩けな...

 

では具体的にどういう内容なのか、マネジメントに関する要所を箇条書きにしてみます。
本当に要点に絞ってという意味では、作中の8割はカバーできていると思います。

・マネジメントとは、人の強みを生産に結び付け、弱みを中和する仕事
・まずは組織の定義づけを行え
・顧客は何を買いたいのかをマーケティングせよ
・新しい満足をイノベーションせよ
・社会問題に貢献せよ
・組織の規模は、地域社会とバランスの取れた「最適」を目指せ
・リソースを集中させよ

 

如何に少ないかがお分かりでしょうか。つまるところ、この作品を「ドラッカーの『マネジメント』を解説してくれる本」として読むと、マンガでわかるシリーズ程度の内容の薄い本、という印象になってしまうのです。

 

一方、これを野球ドラマ・青春ドラマとして捉えるとまだ納得感はありますが、それでも十分ではありません。
果たして、この作品には「巨人の星」のような熱血があったでしょうか?「タッチ」「H2」のような人間模様、「MAJOR」のような駆け引き、「ドカベン」のような戦略性、「ONE OUTS」のような狡猾さ、そういったエンターテイメント作品と同様の感動があったでしょうか?

 

いや、なかったでしょう。それもそのはず、この物語は野球のための物語ではないのです。何故なら、この内容は全く野球である必要がない、他のどんな部活動を題材にしても成立してしまうからです。

例えば、みなみはサッカー部のマネージャーでも、バスケ部のマネージャーでも、インターハイを目指すという物語は成立したでしょう。吹奏楽部で金賞を目指すでもよかったでしょうし、男子のシンクロナイズドスイミング部が文化祭に向けて奮闘する話でもよかったはずです。

「マネジメントを部活に適用すること」こそがこの作品の核となるアイディアであり、極論、題材はなんでもよかったのだと思います。個人的な推測ですが、高校野球が題材として選ばれたのは、「①青春ドラマの舞台として最も市民権を得ている」「②作者が大好き」のいずれか(もしくはどちらも)ではないかと思っています。

 

故に、野球ドラマ・青春ドラマに求める感動とは全く別のベクトルの作品であり、それを期待して手に取ると、「面白いけど、思ってたんと違う・・・」という歯切れの感想になってしまうのです。

 

 

「如何にマネジメントが浸透していないかを啓発する物語」

では「もしドラ」という作品はなんだったのでしょうか。
私は、「如何にマネジメントが浸透していないかを啓発する物語」なのだと思います。

 

その理由として、この本に見られる強力な特徴を例に挙げてみます。

 

ひとつは、野球部という部活を「顧客に感動を与える組織」とビジネスライクに定義づけしたところです。

 

通常の野球モノで、このような定義づけを明確に行う作品は非常に稀です。ほとんどは甲子園を目指す理由を、「夢を叶えるんだ!」「大好きな野球でトップになるんだ!」「憧れの人と同じフィールドに立つんだ!」という精神論的なものではないでしょうか。

 

これらはもはや暗黙の了解のようにテンプレート化された美意識ですが、現実において、特に社会に出てからのビジネスの場では、こういった曖昧さは良しとされません。具体的な数字を、達成までのマイルストーンを、見える化された情報共有を求められるのが現実です。
つまるところ、逆に考えれば、この「美意識というテンプレート」においてはマネジメントが放棄されている、とも言えます。

まず、この「テンプレート」を壊したことが、もしドラ最大の特徴と言ってよいでしょう。

 

ふたつめは、前述の定義づけを発展させ、従来の練習方法や活動内容を覆したことです。
具体的には、下記のようなことがそれにあたります。

・お見舞い面談の実施
・練習には外部の有識者(例えば、走塁においては陸上部のエース)を呼び、指導を仰ぐ
・練習方法は立案リーダーをたて、どうすれば上達するかを自主的に考えさせる
・不良生徒を更生させるため、マネージャーに迎える
・他の部活のマネジメントのコンサルティングの実施
・他の部活とのコラボ活動
・近隣の子供たち向けの野球教室の開催

いずれも、伝統として与えられている現実の練習メニューを単純に踏襲していないのが分かるでしょうか。

 

スポ根モノにおいて、こういった新しい練習(または活動)の描写は、あってもよいですが必須ではありません。何故なら、「頑張る姿を描く」こと自体が物語の目的であって、それは別に「新しいことをする」ことでしか描けないものではないからです。(主人公らを「勝たせる理由」として、あった方が説得力があるとは思いますが)

しかしもしドラにおいて、これら「新しいこと」の描写は必須でした。何故なら、「顧客に感動を与える組織」という定義づけをした以上、ステークホルダー全員と関わり合い影響し合うことこそが、この物語の中核にあるためです。

 

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物語の主役は、特定の野球部員(または監督、マネージャー)だけではなく、補欠も含めたメンバーの一人一人、でもまだ不十分で、同じ学校の別の部活動や近隣住民すらも、「顧客」の一部として描かなければならなかったのです。
これも、従来のスポ根ではあまり考えられなかった、画期的なアイディアだったと言えます。

 

 

以上の点を踏まえて、現実に行われている部活動を思い出してみてほしいのです。

自分たちの活動の目的を見直そうという発想はあったでしょうか?
自分で練習メニューを考えてみようと思い至ったことはあったでしょうか?
他の部活や近隣住民と協力し合おうとしたことはあったでしょうか?

 

私が大学の部活で過ごした4年間の中では、少なくとも上記のようなアイディアを思いつきそれを実行に移したことは一つもありませんでした。
そして大人になった今でも、「マネジメント」という言葉は、社会人であれば当然知っているであろうありふれた言葉であるにも関わらず、それを部活動に適用してみようと思ったことなど一度もありませんでした

 

そう思ったときに、如何に部活動と言う組織が、上の人間或いは昔から引き継がれてきていること与えられたことを、漫然と消化していただけだったのか、ということに気づかされたのでした。

 

もしドラと言う作品は、「マネジメントするということが、どれだけ世に浸透していないことなのか」ということを、誰もに身近な野球部と言う舞台を題材に啓発しています。

それは即ち、固定観念を捨てよ、顧客視点でもう一度全てを見直せというメッセージなのだと、私は感じました。

そしてその有用性は、2009年当時も、2021年という現在においても、大きくは変わっていないのではないかと思うのです。部活動は今も昔もスポ根のまま、社会においてはコロナ禍を経てもなお働き方改革は定着せず、マネジメントされていないのが現状です。だからこそ、この作品は10年の時間を越えて尚面白いのではないかと思うのです。

 

終わりに

というわけで、今更すぎる「もしドラ」の感想文でした。

 

言わずもがな、大ヒットを記録した本作ですが、やはり売れるには理由があるなと思わされましたし、また、名作は10年経っても名作なのだなと。
「今更」という言葉で捨ててしまうには勿体ない機会だと思いますので、思い立ったなら是非、何度でも、読んでみてください。

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