鴨崎暖炉「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」を読みました。
「このミス2022文庫グランプリ」の大賞を獲るだけのことはあり、ミステリの王道を体現した作品で、冒頭から巻末に至るまで、とても面白かったです。
今回はそんな作品について、何が良かったのか、感想を書きたいと思います。
以下には、本編のストーリーやトリックとはあまり関係のない範囲でのネタバレを含みます。
「「密室分類」の網羅性についての考察」以降は既読を前提にしていますので、ご注意ください。
あらすじ・概要
(Kindleストアより引用)
「はやい、うまい、やすい」
本作は全体量としては、4時間程度で読み切れてしまう、文庫本ならではのお手軽なサイズと言えます。
本作の特徴としては、そんな限られたページ数の中で、六つもの密室トリックが披露される事にあります。
各トリックは同じ館内で実行されることもあり、非常に近しい状況下でのものとなりますが、その本質はそれぞれ基本的には完全に独立したものとなっており、水増し感はありません。しっかりと六つのトリックを、短時間で堪能できます。
そんな本作は、吉野家のキャッチフレーズに擬え、「はやい、うまい、やすい」と表現する事ができるでしょう。
当作品は、密室トリックの状況説明や解説にページの7割程度を当てているようなイメージの作品です。
逆に言えば、人間関係やストーリー性、会話といったのトリックに関係ない描写は、極限まで削ぎ落とされているのです。
例えば、普通は死体を見つけたシーンでは、各登場人物のリアクションや悲喜交々の感情描写、その後には動機チェックといったものが描かれるのが定番です。しかし本作品においては、一人が「ひっ」と悲鳴をあげた程度の描写に留められ、その後は早速密室の解説と推理に入っていくのです。その潔さは、さながらパズルブックのようです。
しかし、単純に浅薄な表現になってしまっているわけではありません。限られた情報量から想像させる背景の広がり、短時間でくすりとさせる漫才を思わせる掛け合いなど、文章が実に巧みなのです。薄口でポップな文体は、良くも悪くも「ラノベ的」と言うのが近いかもしれません。
また、前述したように、六つの密室トリックはいずれもしっかりとしたアイデアとロジックによって作られており、チープなものを読んだ感覚は全くありません。
特に、クライマックスに使われるトリックは実にシンプルで鮮やかです。喩えるなら、「どシンプルに見えるのに全く解けない知恵の輪」のようです。散々悩んで、もうムリじゃない?と諦めてしまい解決編を読むと、それがいとも簡単に解きハズされてしまい、「そんな手があったのか」という感覚に支配されます。それはミステリとして一番美味しく、病みつきになってしまう瞬間でしょう。
更に、オマケ的な要素ではありますが、作中で披露される「密室の種類」「密室分類」といった独自のミステリ考察には、ミステリ好きなら否が応でも目を引かれる事でしょう。
特に「密室分類」は、完全密室の全トリックを15種類に分類したもの、と掲げており、言わば密室トリックの攻略本とも言うべき内容になっています。その網羅性については見解を後述しますが、ミステリ好きには堪らない考察材料ではないでしょうか。
そして本作は文庫であることもあり、文字通り価格が安いです。
例えば、2022このミス大賞「特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来」は単行本で1,540円ですが、本作は文庫で880円と、およそ半額となっています。
前述したように、本作「密室黄金時代の~」は、軽快な文章、大胆なストーリー設定、練り込まれたトリック、そしてミステリ考察と、コンテンツが実に充実しています。これらを考えると、「もっとお金をとっていいのでは・・・」と余計なお世話を灼きたくなるというものです。
こういった点を踏まえて、本作を「はやい、うまい、やすい」と表現してみました。
普段本を読まない人から、ミステリ上級者まで、幅広くお薦めしたい作品です。
「密室分類」の網羅性についての考察
概要
さて、私が本編の内容以上に気になったのは、「密室分類」です。
おそらくジョン・ディスクン・カー『三つの棺』における「密室の講義」 (The Locked Room Lecture) を元にしたであろう密室分類は、曰く、
ということで、ミステリ好きはマジで!?と唸った事でしょう。
それが披露されるシーンは本作の謎解きにおけるクライマックスに相応しく、強力な説得力を感じさせるものでした。
では、本当に全てのトリックはこの「密室分類」に当て嵌められるのか?網羅性は完全なものなのか?について考察します。
なお、その前段として、本作中における「密室の種類」の定義は下記の通りです。
分類と細分化
まず、作中における「密室分類(密室状況を構築するためのトリック等の分類)」とは、下記のようなものです。
作中のメイントリックは、「これら分類に属さない16番目の密室トリック」と謳われていましたが、私としては、この内の1つの亜種と言った方が正しいのではないかな、と思っています。
ので、以降はあくまで「15個」をベースに考えたいと思います。
網羅性を確認するにあたり、項目が唯々羅列されている状態はよくありません。まずは近いもの同士、或いは共通点をもつもの同士を選り分け、綺麗に整理された状態にする必要があります。
そこでまず、15個のトリックを下記の三つの観点で分類したいと思います。
(2)実際には密室ではなかった
(3)殺人実行後に密室を作り上げたもの
これは、「実際に殺人が発生したときに密室だったかどうか」×「事件発覚時に密室だったかどうか」のかけ算で得られる4パターンを元にしています。
密室だった場合を■、密室でなかった場合を□で表すと、下記のように書く事が出来ます。
(2)実際には密室ではなかった(□→□)
(3)殺人実行後に密室を作り上げたもの(□→■)
なお、■→□、つまり「殺人時は密室だったが事件発覚時は密室でなかった」というケースは、殺人時に密室である必要性がないと思われますので、考慮不要としています。そのため、4パターンではなく3パターンとなっています。
更に、それぞれを細分化してみます。
「(1)殺人実行時に密室状態だったもの(■→■)」については、完全密室を前提とするものなので、「内か外か」に細分化できるでしょう。即ち、「殺人は内側で行なわれたのか、外側から行なわれたのか?」という観点です。物理的にこれ以外のケースというのは考えられませんから、分類としては網羅性をもっていると言えるでしょう。
____∟ <内側から殺人を実行>
____∟ <外側から殺人を実行>
次に「(2)実際には密室ではなかった(□→□)」についてはつまり、「何を以て密室と錯覚させるか」に焦点を当てたものだと言えます。そのため、着眼点に応じて細分化が可能だと言えます。
____∟<鍵がかかっている様子を見せるが実はかかっていない>
____∟<室内に鍵を置くことで施錠済みと思わせる
________∟<鍵は偽物>
________∟<鍵は本物>
____∟<部屋自体にトリックがある>
正直、これについてはまだ広げる余地がありそうな気がします。密室と錯覚させる要素が、鍵または部屋の構造に関するものしか考慮がないためです。
最後に、「(3)殺人実行後に密室を作り上げたもの(□→■)」については、「どうやって施錠するか」「どうやって穴を塞ぐか」に焦点を絞ることになると言っていいかと思います。
様々な観点から細分化できそうな気がしますが、ここでは(1)と同様に、「内か、外か」という網羅性を重視した観点で分けてみたいと思います。
____∟<内側から施錠する>
____∟<外側から施錠する>
分類に15項目を当て嵌めると
上記の考え方で15個のトリックを分類してみると、下記のようになります。
いかがでしょうか。こうして見ると、大きな分類においては15個のいずれかが当てはまっており、網羅性が高いことが伺えるのではないかと思います。
一方で、もっと細かく分類が必要な気もしてこないでしょうか。
例えば、「⑦密室状態でない部屋を密室だと勘違いしていた。」は切り方としてはかなり荒いように思います。作中では、
とあるので、ニュアンス的には「不完全密室は全てこのパターン」と言ってしまっているに等しいように思えます。
そもそも分類の定義を「完全密室について」とされているため包括的な扱いにしているのかと思いますが、ここはもう少し検討の余地があるような気がします。
また、「(3)殺人実行後に密室を作り上げたもの(□→■)」についても、まだパターンが挙げられそうです。
例えば<内側から施錠する>パターンにおいては、鍵以外のもので扉を封鎖する、といったものが考えられます。具体的には、「探偵学園Q」における「魔矢姫伝説殺人事件」のセメントによるトリックがそれにあたります。
そもそも「錠」について、「カギと鍵穴」しか想定されていない書き方になっているのが心許ないところです。この点においても、改良の余地があると言えるのではないでしょうか。
総評
以上の点を踏まえて、「15の密室分類」における網羅度は、私的には、80%くらい。といったところでしょうか。
充分に説得力のある分類方法ですし、実際にほとんどの完全密室がいずれかに当てはまると思います。が、私程度の者が反証を挙げられることから、やはりパターンは15では足りない、或いはもっと洗練させる余地があると言えるかと思います。
しかし、こういった分類を試みること自体が非常に面白いですし、やるとなってはかなりの研究、そして発表にあたっては勇気が必要だったことだろうと思います。
私としては、作者様に心からのオベーションをお送りしたいと思います。
終わりに
以上、「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」の感想とういうか検証でした。
さすが「このミス大賞」と言うべき、非常にエンタメ性に溢れた面白い本だったと思います。
続編にあたる次回作では、トリックを1つ増やして7つになる予定のようで・・・
高いハードルだと思いますが、今のところ期待しかありません。
本作で未解明の謎や伏線が回収されるのか、そして更に洗練された密室分類とそれを凌駕するトリックが披露される日を心待ちにしたいと思います。
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