小説「invert 城塚翡翠倒叙集」を読了しました。
タイトルがそのまま素直な感想です。最ッ高に面白かったです。
今年イチどころか、過去に読んだ作品と比べても、これほど「完膚なきまでに叩きのめされた敗北感」を味わったものはないように思います。
またこの本の感想を書いていこうと思うのですが、ネタバレをしてその価値を貶めるような恐れ多い真似はとてもできない作品です。
ので、以下は未読を前提に、この作品の素晴らしいと感じたところを書いてみたいと思います。
勿論ネタバレはありませんので、安心してお読みください。
ただし、本当はそんな予備知識すらなく、本編を読むべきだとは思いますが。
あらすじ・概要
(amazonより引用)
本作は、独立した3本の中編から成る小説集となっています。
各章のボリュームの比率は、2:2:6という感じでしょうか。
ので、中編3本というよりは、短編2本+中長編1本、という感じです。
3編はその通りいずれも、犯人からの視点を中心に、言わば「古畑任三郎」形式で展開されます。だから「倒叙集」なのですね。
前作「medium」の直接の続編ではないため、単独で読んでも理解は出来ると思いますが、前作の読了は必須だと思います。
というのも、前作の内容を知った上での記述があったり、前作の犯人に関わる重大なネタバレを含んでいたりするためです。
本作「invert」を先に読んで前作に戻る、ということはナンセンスです。デメリットしかありませんし、前作も間違いなく名作ですので、間違いなく前作「medium」を読了後に手を付けるべきでしょう。
素晴らしい点① 前作「medium」の続編であること
誰もに共通することではないかと思うのですが、前作「medium」を読み終わったとき、
「メチャクチャ面白かったけど、これは続編は出せないだろうな」と寂しく思ったのをよく覚えています。
それは、前作の最大のセールスポイントが、単なるキャラクタや文章力という点ではなく、ストーリー全体の構造と探偵の存在の特異性にあり、決してリサイクルできない類いのものだったためです。
それにも関わらず、続編が出たということ自体が、まずそれだけで非常に驚くべきことでした。
その上で本作は、前作で事実上封じられてしまったコンセプトを逆手にとり、それを更に欺く形で、予想だにしなかった結末へと導いてくれます。
本文最後の一行で、「medium」というタイトルもしっかり回収し、完璧な着地を決めます。
そのスケールの大きさは、前作と互角、或いはそれ以上の超展開でした。本の帯にある「mediumすら、伏線。」の煽りに偽りはありませんでした。
「medium」「invert」という、それぞれ単独でとんでもないクオリティの2作が連作であることで、更なる巨大な作品に深化させている点が、まず以て喝采すべきことだと言えるでしょう。
素晴らしい点② 本丸ごと1冊で織りなすマジック・ショー
作品中にはマジック・ショーの描写があり、いくつかのマジックが披露されるのですが、その内の一つに、下記のようなものがありました。
・テーブルにスライドして広げると、全て裏向きに揃っている
・客に好きな番号を指定して貰ったうえで、カードをもう一度束ねる
・そしてもう一度テーブルに広げると、指定された番号の4枚だけが表になっている
正直このマジックの描写自体は、本編のメイントリックには全く関係ありません。
では何故そんな無駄と思われる描写があったのかと言えば、これが本作全体を象徴するものだからだと思います。
このマジックを本にしたら「invert」という作品になった、とは言い過ぎか。しかしそういう位置づけで挿入された描写であるものと解釈しています。
もう少し具体的に言うなら、「始めにそこそこの事を見せながら読者を罠に嵌め、その後に、それまでの演出を踏襲した本命が待っている」という感じでしょうか。
映画「プレステージ」で言う「マジックの3つのパート」、①「確認(Pledge)」②「展開(Turn)」③「偉業(Prestige)」が、そのまま巧妙に実行されている、という言い方もできるでしょう。
正直、2つの短編までを読んだときは、トリックや謎解きを総合して、面白くないとは言わないまでも面白かったかと言われると微妙なレベルでした。話も単発で型にはまってしまっている感もあり、「やはり前作は超えられないのかー、これで2000円はちょっと高いかなー」などと思っていました。
しかしそれが故に、尚更、そんな感想を持たせることすら、全てが計算尽くだったという。
7合目あたりからの「何かがおかしい感」、そして9合目からの「してやられた感」までの怒濤の展開は、正に脱帽でした。
2000円は高いだなんてとんでもなかった。寧ろ1本のマジック・ショーを観たと思えば、俄然お得でした。
素晴らしい点③ 読者を手玉に取る文章力
前述したように、2つの短編を読み終わったあたりでは、正直、文章レベルとしても大したことないなーと思っていました。というのも、
(犯人視点で事件の描写→探偵がトークで揺さぶる→証拠を閃く→解決編)
という感じで、「どこにでもある」ような安っぽいミステリだったんですね。
兎角、全体的に古畑任三郎すぎたのも、もはや使い古されすぎて素人感を感じました。一方でシャーロック・ホームズに関する蘊蓄や演出が散見されていたのがなんともミスマッチだなと思っていたものです。
なのになのに、まさかそんな稚拙な文章レベルすら、全てが伏線だったなんて・・・
タイトルのinvert(反転)の名の通り、クライマックスに向けて加速度的に、全てがひっくり返っていくのです。
9合目あたりから畳み込まれる怒濤の展開は、それまで「古畑任三郎」だった城塚翡翠が正に「シャーロック・ホームズ」に変貌した瞬間でした。(※別に古畑を悪く言うわけではないのですが)
宮部みゆきしかり、東野圭吾しかり、西尾維新しかり、文章の上手い人はいくらでも挙げられます。
しかし、わざと下手に見せてそれを伏線にする、などという作家は初めて見ました。
読後に改めて上記の台詞を見てみると、如何に自分が作者の想定通りの読者でしかなかったか、掌のうえだったかを痛感させられます。
この作者からしてみれば、読者を手玉に取るなんて簡単な事なのでしょうね・・・
そして何より、そんなにも自由自在で圧倒的な文章力がありながら、本編自体は非常に読みやすいところがまた素晴らしい。
名作と呼ばれるミステリほど、とかく文章が固く、トリックも複雑で、兎角難しく面倒臭い傾向というイメージがあるのではないかと思いますが、「medium」「invert」は初心者でもお子様でも、誰でも読めて誰もに驚きを与え、誰もが面白かったと言えるものではないかと思います。
終わりに
というわけで、「invert 城塚翡翠倒叙集」の感想でした。
「medium」「invert」と2作続けて圧巻の面白さ。
個人的には、作者の相沢沙呼さん、宮部みゆき以来の天才ではないかくらいに熱が上がってます。
他のシリーズ作品も色々あるようなので、これから読んでいこうかなと思います。
今作「invert」を読み終わって、「メチャクチャ面白かったけど、これは映像化できないだろうな」と寂しくも思っています。
しかし、前回はそんな憂いを余所に今作が出たわけなので、この作品を映像化できる天才の出現もまた期待して待っていたいなと思います。
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