映画「1917」のワンカットだけではない魅力

映画評
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amazon Primeで、映画「1917」を観ました。

「1917 感想」などでググると、

「ゲーム(FPS)の様な一人称視点が凄い!」
リアルタイムで展開されるストーリーは、もはや鑑賞ではなく疑似体験!」

といった感想が目立ちましたが、私の感想は少し違いました

違ったと言うより、そのもう一歩先が本当に凄いところ何じゃないかな、という気持ちでしょうか。

 

なかなか類を見ない、映画の魅力のバリエーションを一つ広げてくれるような体験をさせてくれる名作だったと思いますので、この衝撃を忘れないよう、書き留めたいと思います。

 

なお、以下には鑑賞済みであることを前提に、

作品の根幹に関わるネタバレを含みますので、ご注意ください。

尤も、映像にこそ意味のある作品のため、楽しみを奪うような事はないとは思いますが。

 

あらすじ・特徴

既に完璧なあらすじを記載しているサイトがあったので、そちらを引用させていただきます。↓

 

第一次世界大戦真っ只中の1917年のある朝、若きイギリス人兵士のスコフィールドとブレイクにひとつの重要な任務が命じられる。
それは一触即発の最前線にいる1600人の味方に、明朝までに作戦中止の命令を届けること
進行する先には罠が張り巡らされており、さらに1600人の中にはブレイクの兄も配属されていたのだ。
戦場を駆け抜け、この伝令が間に合わなければ、兄を含めた味方兵士全員が命を落とし、イギリスは戦いに敗北することになる―
刻々とタイムリミットが迫る中、2人の危険かつ困難なミッションが始まる・・・。
映画『1917 命をかけた伝令』の感想・レビュー[80731件] | Filmarks
レビュー数:80731件 / 平均スコア:★★★★4.0点

 

本作の特徴はなんといっても、「2時間の全編にわたりカメラが切り替わる事なく、ワンカットのままで展開される」ことです。
実際には、ワンカットに見えるように幾つかのシーンを編集で繋いでいるようですが、それでも通常の映画に比べて編集点が圧倒的に少ない事は間違いありません。(私が「ここなら編集で繋げそうだな」と思えたところは、3~4カ所しかありませんでした。)

 

日本では、2017年に「カメラを止めるな!」の30分に及ぶ長回しのホラーシーンが話題になりました。それの尺4倍、予算数千倍という、世界レベルの超豪華版、とでも言うと分かりやすいでしょうか。

更に凄いのは、それを「屋外撮影」でやってのけていることです。
当然ながら、屋外のシーンは空の色、雲の形すら画角に納められる事になります。
また、雨でぬかるんだ土砂をブーツで昇ったり、川に飛び込んで泳いだりと、ミスの許されない撮影では当然避けたいであろう不確定要素が満載なのです。

「このワンシーンをミスったら、どれだけの人件費・美術費が水泡に帰す事になるのだろう・・・」と思うと、戦争物でなくとも異様な緊張感を感じずにはいられない映画です。
この辺りは、メイキングを見ると、その狂気っぷりがよく分かるでしょう。

長さ11分!映画『1917 命をかけた伝令』メイキング映像

 

本作の魅力① 一人称視点【ではない】という技巧

本作の魅力の一点目、それは、一人称視点【ではない】という点です。

映画を観ながら、おそらく誰もが一度は、「ゲーム(FPS)みたいだな」と感じると思います。私も思いました。

しかし、それは充分な考察とは言えません。何故なら、一人称視点であることはカメラワークのバリエーションの一つでしかないからです。

具体的には、一人称視点(主人公の背中を追う)だけではなく、カメラが前に回り込んだり横から撮ったり、時には距離を開けて俯瞰したり、人波に揉まれて主人公と離れ・後に合流したりと、兎角カメラが縦横無尽に動き回るのです。

これにより、視聴者を飽きさせないだけでなく、ドラマティックなカメラワークで魅了させながら、しかも周囲の世界全体を見せる事で状況説明の役割も果たしているのです。

 

当然、それにより撮影の難易度も段違いに高くなります
完全に一人称視点であるならば、視点は常に一定になるので、「死角」が生まれます。通常はそこにカメラや美術スタッフを配置するわけですが、視点を360°にするとなるとそうはいきません。後ろを振り向いてそこにスタッフがいてはならないのです。当然、レフ板も持てないし、固定カメラを誘導する滑車も、視点を持ち上げるためのクレーンも、有線コードの一本すらも移し込む事はできないのです。

 

「自分が監督だとしたら、どうやってこれを撮らせればいいのだろう?」と考えると、頭に???が幾つも幾度も浮かんでくることでしょう。
もはや奇術の域に達したトリッキーな撮影だったのでしょうか。それとも、本当にカメラマンの常人離れした技術ひとつで撮影したものなのか。或いはその両方か。

そう思えば、これを「一人称視点」という言葉で纏めてしまうことはできないでしょう。

“全編ワンカット”の戦争映画の作り方:『1917 命をかけた伝令』

 

本作の魅力② リアルタイム【ではない】体験

本作の魅力の二点目は、リアルタイム【ではない】体験ができる、という点です。

 

ワンカットで進行する=シーンが切り替わらないため、確かにあたかも完全にリアルタイムでシナリオが進行していくような感覚になりますが、当然と言えば当然ながら、これは現実の時間(=リアルタイム)とイコールではありません。主人公らが作戦を受けたのは日中、おそらく夕方よりも前の時間帯と思われます。そして作戦内容は「明朝の攻撃を中止するよう伝令すること」でした。実際に到着した際には攻撃の第一波が始まっていたので、翌朝までに16時間程度の時間は経過しているはずです。途中、主人公が気絶していた時間が(相当長く見て)10時間ほどあったと仮定しても、道中に6時間はかかっているはずなのです。

 

つまり、映画としてパッケージングするにあたり、「時間圧縮」が行われているのです。例えば2時間はかかるはずの洞窟シーンを15分に、5kmある道中を10分に、太陽が昇ってから空が完全に明るくなるまでを20分程度にしたり、といった具合です。

 

それは、通常の映画では、極当たり前の話でしょう。しかし、屋外撮影且つワンカットでこれを表現しようと思うと、つなぎ方は非常に難しくなるはずです。5kmの道中を短くしてしまうにしても、空の色が少しも変わらなければ矛盾が生じます。まして、太陽が昇る時間を縮めることなど不可能なのです。

要するに、「ワンカットなのに、普通の映画のような展開をしている」こと自体が、驚異的な技巧が駆使されていることを示しているのです。

技法としては、劇に近いかもしれません。しかし劇の場合は、背景セットや照明を変えることで場面転換を表現しますが、勿論それをそのまま当てはめられるわけではないので、やはり「普通」ではないでしょう。そして、普通の映画では決して表現できないことであるからこそ、視聴者に全く新しい体験が提供できるのです。

 

 

本作の魅力③ 特別【ではない】ストーリー

本作の魅力の三点目は、作品自体ではなくその背景から考えたいと思います。

 

第一次世界大戦は、1914年7月28日から1918年11月11日にかけて行われた戦争です。
(1918年は「休戦協定」が結ばれた年であり、正式な終戦は1919年6月28日のヴェルサイユ条約締結時になります。)

第一次世界大戦 - Wikipedia

 

本作のタイトルでもある1917年は、ドイツが劣勢に傾き始めた頃の様ですね。

(メイキング映像の中で監督であるサム・メンデスは、祖父の出征を1917年と語っていますので、そこから来ているのかもしれませんね。)
作中に出てくる「エクースト」「クロワジル」という地名は、実在するものではないようです。

 

さて、ここで注目したいのは、1917年という年が、戦時真っただ中の年であるということです。
終戦の直前というわけでもなければ、開戦直後でもない、音楽アルバムで言うなら全10曲中の6~7曲目あたり、まだクライマックスという感じではありません

 

また、本作には具体的な作戦名や、実在の地名は出てきません。史実の1ページとして記録されているものではないのです。(サム・メンデス監督が祖父から聞いた戦争体験を基にしたとのことなので、全くのフィクションではないのでしょうが)
本作戦では敵を蹴散らすわけでも、味方が大きく優勢に転じるわけでもありません。それ故にかシナリオも全く複雑ではなく、寧ろ非常にシンプルで、唯、伝令を伝えるというだけです。そしてその結果は、突撃による味方の被害を回避しただけ。始まりでも終わりでもなく、戦争におけるほんのワンシーンです。つまり、これまでもこのような状況は当たり前のようにあり、この後も戦争は続いていくのです。

 

どこかに記録されたわけでもない、全く特別【ではない】ストーリーであることで逆に、この凄まじい恐怖体験が戦争という冷酷さを突きつけてくるように思います。

 

終わりに

というわけで、映画「1917」の考察というか感想でした。

 

ちなみにですが、私的ベストシーンは、未明頃に戦闘により廃墟と化した街(エクースト)に踏み込む場面です。
宵闇を照らすオレンジの戦火、その恐ろしくも美しい光に浮かびあがる、瓦礫のシルエット。そこを命を賭けながら駆け抜けるシーンは、あまりの映像美と緊張感に圧倒されました。

 

これからは、どうやって撮影しているのかということも考えながら、映画を観るようになると思います。
そういった意味で、視野の広くなるいい体験をさせてくれる貴重な作品だったと思います。

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