コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、
2021年1月7日、1都3件で再び緊急事態宣言が発令されました。
私も身近な人にも陽性判定が出るなど、拡大が実感できるところまで来ているこの頃です。
真実は一つとは限らず、様々な側面からの意見があり、且つ、未来は誰にも分かりません。
その上で、自分の意見が・意志が今後ブレないように、
そして将来に振り返り、答え合わせができるように、
今の私のコロナに対する見解として、下記に記録したいと思います。
感染拡大は本当に問題なのか
連日のように「感染者数が過去最多」の報道が飛び交いますが、
本当に、『感染者数』は重要なのでしょうか。
コロナ発生からほぼ丸1年になる2021年1月12日時点で、国内のコロナ感染者数は28.5万人に上ります。
その内、死亡者数は3,898人。感染して死亡する確率は1%程度ということになります。また、重傷者数(ここでは”入院治療等を要する者”をそう呼びます)は58,622人、
つまり重傷率は20%程度です。
一方、2018年のインフルエンザの感染者数は20万人、死亡者数は3,325人という情報がありました。
この数字を比較すると、コロナとインフルエンザは、脅威としてはほぼ同じように思えます。
(インフルエンザの重症率は残念ながらデータが見つかりませんでした)
勿論、2020年はインフルエンザが撲滅されるほど衛生意識が上昇した上での数字ですから、
その分コロナの方が強いと言えるのかもしれませんが。
また、死亡する方の年代は、
という割合のようです。
お年寄りが亡くなるのは大変残念なことではありますが、
病気である以上、どんなものにも死亡リスクは付き纏います。
現状では、30代以下の方はコロナ感染による死亡リスクは限りなく0に近いと言わざるを得ません。
尤も、海外ではもっと致死率が高いようですし、感染拡大によって今後指数関数的に感染者数・死亡者数が増えないとは言い切れませんので、あくまで現状の日本においては、の前提ではあります。
しかし、おそらく重症率・致死率はそう変わるものではないでしょう。
寧ろ、第二波到来時には下がったとの記事もあります。
つまり、コロナにおける脅威はそれ自体の致死性ではなく、
感染爆発により医療崩壊を起こし、治療が受けられないことであると言えるのではないでしょうか。
「変異種」は本当に脅威なのか
では、2020年末頃から流行し始めたイギリス発の「変異種」はどうなのでしょうか。
一般的に、ウイルスや寄生虫など、他生物を媒介して繁殖する生物は、
感染が広がり新型化する度に弱毒化し、殺さずに寄生するのが上手くなると言います。
イギリスにおいても、重症化率・致死率が高くなったという情報はあまり見ません。
重症化率・致死率が変わらないために絶対数が増大し続けている、というのが実態のように思います。
今まで明らかに欧米人に比べ耐性の高かったアジア人への影響が不安でしたが、
現状では、変異種であっても日本での脅威は変わらないように思えます。
命は守られるべきである
コロナは重傷化率・致死率共に高くはない、12月から発生している変異種であっても同じである。
では、コロナはただの風邪とみなし対策は必要ないのかと言えば、そういうではありません。
「コロナはインフルエンザ並の脅威でしかない」という言葉は、
インフルエンザもまた人類にとっての脅威である、という事実を表してはいません。
インフルエンザは、高熱を発し、合併症を併発させ、幼児や老人を生命の危機に脅かし、
それを抑えるためにはタミフルといった強力な薬が必要な、紛れもなく危険なウイルスです。
またコロナ発症者の20%程度に、後遺症が発生しているという情報もあります。
そもそも、先に述べたとおり、コロナ感染における最大の脅威は、
「罹患者が多くなりすぎることによる医療崩壊」です。
コロナに罹患しても適切な治療が受けられない事、
そしてそれ以上に、コロナよりも重い病気に罹っている方が即座に治療を受けられない事が、最もあってはならないことです。
これを思えば、やはり感染対策は必須だと言えます。
我々は極力、「コロナ如き」にかかって医療従事者の方の手を煩わせるべきではないのです。
そのため私は、飲み会はいわんや、成人式といったイベントを強行するのは間違いだと思います。
「全体最適」に逆行し、自分の思い出づくりを優先したいという子供じみた行いを、大人になるためのイニシエーションだと誰が言えるのでしょうか。
対策は個々人で行うべき
しかし一方で、私は、飲食店への自粛要請やGoToトラベルの停止には反対です。
理由は、経済へのダメージが大きく、このままでは再起不能の痛手を負う人が続出する事が懸念されるためです。
そうなれば、ただでさえ不景気から脱却できない日本経済は、本当に世界から取り残されてしまいます。
感染対策は、インフルエンザがそうであるように、あくまで個人の範囲において行うべきです。
・早寝早起きによる体力の向上
・適度な運動による免疫力の向上
・栄養ある食事による体力、免疫力の向上
・マスク着用による飛沫感染の防止
これらは、他の誰でもない、自分で・自分のために行うべきことです。
勿論、民間施策として、テレワークの導入や時間差通勤といった対策も積極的に行うべきですが、
それを公に期待するのは筋違いだと考えます。
まして、経営を続けられない程度の端金で営業自粛を強制するのは、不平等極まりない悪政です。
経済を殺してはならない、だからこそ、感染対策は個々人が各々の責任において行うべきことだと思うのです。
ただし、感染すること自体を責めるのは、明白に筋違いです。
感染は誰にでも起こりうる、ある種の不可抗力であることは重々理解しているつもりです。明日は我が身だとも思います。
しかしそれは、「常々注意していても罹ってしまうことはある」という話で、
「どれだけ無防備な状態で出歩いても責任はない」という意味ではないでしょう。
我々は、「常々気をつける」「だから罹ってしまっても責められない」という信頼関係が成立する社会を目指すべきだと思います。
これは、実現は限りなく不可能な理想論なのかもしれませんが・・・せめて、周りの身近な人に対してはそういう姿勢でありたいものです。
社会政策としてすべきこと
日本の2020年10月の自殺者数は2,153人に上り、明らかに例年よりも多い数です。今後も増える可能性は高いでしょう。
また、失業者数は8万人超にもなります。
自粛では、上記のような人達は何一つ救済されません。
政治として行うべき事は、経済を生かす事であり、過剰な自粛をすべきではないのです。
国・各自治体が社会政策としてすべきことはただ2つだけです。
ひとつは、減税です。
特に消費税を減税し、法人・個人のいずれも含めた消費促進を行うべきだと考えます。
その他、法人税、固定資産税、住民税等、減免・免税を積極的に行うべきです。
ドイツなどでは既に実施している施策でもあります。
尤も、製品の価格表示など、一時的な変更を行う事への弊害はあるようですが。
しかし日本においては、コロナでなくても30年もの間デフレなのですから、寧ろ何故今も10%という高税率を設定しているのかというそもそもの話ではあります。
持続化給付金については、瞬間的な救済措置としてはせざるを得なかったと思いますが、
今後も継続していくような、根本的解決へ至る施策ではありません。
そもそも、給付金のように全国民に一律で配布など、無意味です。
一時的な借金の返済、貯蓄に回されたところで、経済は生き返りません。
市場全体の消費が多くならなければ、経済は回っていかないのです。
個人的には、無意味なバラマキをするくらいなら、その分を医療関係者の心身ケアに回すべきだと考えます。
もうひとつは、ワクチン開発の推進です。
こちらは、アメリカのファイザー社のものが認可される方が早いかもしれません。
しかし、それが欧米人に特化した薬になってしまう可能性もありますし、
そもそもより品質の高い物の国内生産を目指すべきであると思います。
民間でも既に幾つも着手しているでしょうから、その助成という形でも良いと思いますが、国を挙げて行うべきだと考えます。
目的は言うまでも無く、人名の救助と、人々の不安の払拭による経済の再生です。
それ以外のことを政府に求めるのは、正直、酷かな思います。
「国がなんとかしろ」「国が頼りないから人生がおかしくなった」などと本気で思っている人は、
他でもない自分のために自分でできることを対策しようという基本的な気概がなく、
対策を他人になすりつけているだけのように思えてなりません。
#勿論、飲食店を始め、国や自治体から不当に煽りを受けている方々は怒って良いと思いますが。
国を頼りにしない、という姿勢は非常に大切だと思います。懸かっているのは、自分自身の人生なのですから。
何故こんな自粛の世の中になってしまっているのか
ここまで述べたように思っているので、私の目には、今の世の中は滅茶苦茶だと映っています。
・本質を隠し、不安を煽ることで儲けたいだけのマスゴミ
・責任逃れで2種指定から引き下げない厚生労働省(※遂に引き下げの動きはあるようですが)
・緊急事態宣言という見当違いの丸投げをした1都3県知事
・「10%にするのは大変だったから消費税は下げたくない」などと言い経済を殺す与党
・飲食店やGoTo政策を戦犯に仕立て上げた特定野党
・我関せずと無防備に出歩きクラスターを発生させる民衆
・自粛警察という正義中毒者の方々
各々の欲とエゴのために、無自覚にか社会を殺そうとしているとしか思えません。
我々が世界に誇っていたはずの「おもいやり」は、オリンピックと共に失われてしまった様な2020年でした。
我々はどうあるべきか
色々不満に思うところを書いてはいますが、その反面、
為政者が判断を誤ったり躊躇するのは、ある意味当然のことだと思っています。
・過去に前例のない事象への対応
・人命に関わる判断を下さなければならない重圧
・自身が感染するかもしれない事への不安
それらは、渦中の1年足らずの内に解消されるものではありません。
為政者が人間である以上、避けて通ることは難しい事なのです。
(勿論、誤りと分かったらすぐに訂正するような潔い姿勢は見せて欲しいところではありますが。)
だからこそ、私が一番重要だと考えることは、
我々市民が、データに基づく冷静で論理的な世論を形成すべき、ということです。
世論で為政者を導く、くらいの考えであるべきだと思います。
そのために、我々は「正しく知り、冷静に発信する」ことを常々心がけなければならないのだと思います。
逆に、人間同士が互いを助けあいながら生きるべきこの世界において、
感情に振り回されて、無責任に保障しろ・対応しろだの声を上げることは、大変罪深い行為だと思います。
それがプレッシャーとなり為政者を誤った決断に導いてしまったら、お互いに不幸です。
政府に頼り切る姿勢を捨て、自分がどうすべきかを常に考えることは、人生を豊かにするうえでとても大事な事だと思います。
終わりに
以上、現時点での私の所感を書き記してみました。
改めて手早く3行でまとめると、
・政府は減税とワクチン開発さえすればよろしい
・経済を止めてはならない、消費を活性化せよ
という感じです。
あらゆる分野への批判がしたいわけではなく、あくまで私自身の考えをアウトプットする事で感情に振り回されないようにするため、
そして、いつかコロナが問題ではなくなった頃に、この考えが正しかったかを振り返る事ができるようにするために、現時点での手元の情報、そして考え至った結論を書き綴ってみました。
いつかくるその日まで、自愛と慈愛を絶やさず、この困難を乗り越えられればと思います。
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