「掟上今日子の鑑札票」を(ほぼ)最速で読破しました。
今作はシリーズにおいて非常に重要なエピソードが語られる回でもあり、読み応え抜群で、大変、大っ変面白かったです。
この作品から感じたことを忘れないうちに、(自己)最速で感想と考察を書き残したいと思います。
なお、以下は読了を前提とし、本作の根幹に関わる重大なネタバレを含みますので、ご注意ください。
(ほぼ)最速あらすじ
以下、露骨なネタバレなので色反転しています。
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<過去>
・掟上今日子の過去は「軍人」にして、この世から戦争をなくす「活動家」
・ある日、頭に銃弾を打ち込み「死んでみせる」ことで、関係者の前から姿を消した
・しかし実際には弾は貫通しており、彼女は生きていた
・その際に脳の一部が欠損したことで、忘却体質になった
<現在>
・掟上今日子の軍人時代の影武者(ドッグ・タグ=「鑑札票」)が、下記2点を画策。
①「掟上今日子と入れ替わること」
②「掟上今日子の人格を軍人に戻し、第三次世界大戦を防ぐこと」
・掟上今日子を狙撃、弾丸は頭の空洞を通過
・掟上今日子は撃たれたショックで、「忘却する体質であることを忘れ」、軍人時代の脳に戻り始める
・真犯人を追い奮闘する隠舘厄介
・自らのルーツである本を読むことで「忘れることを思い出した」掟上今日子が、真犯人を捕らえる
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本作は構成的には、6本の短編から成っているように見えますが、それらは完全に独立しているわけではなく、あくまで「掟上今日子の鑑札票」という1本の長編作となっています。
6本にはそれぞれタイトルがついており、
・掟上今日子の狙撃手
・掟上今日子の地雷原
・掟上今日子の自足砲
・掟上今日子の防空壕
・掟上今日子の徴兵制
・掟上今日子の終戦日
と、「3文字の戦争に関する用語」とルールづけされているようです。
「掟上今日子の」と言いながら、語り部はお馴染み隠舘厄介で、ほぼ全編にわたって彼の主観で物語が展開されます。(いつも通りですね)
本作の魅力① シリーズに重要な展開
本作の最たる魅力は勿論、シリーズ中屈指の重要な設定が明かされることです。
即ち、掟上今日子の過去についてです。
そんな物語の根幹を成すエピソードが、軍人時代の彼女の影武者(ドッグ・タグ=「鑑札票」)を語り口に展開されます。
シリーズ初刊である「掟上今日子の備忘録」が2014年の刊行なので、実に7年を経て初めて明かされる設定となります。もうこれだけを取っても、この本を読む価値があります。
なお、本作品では過去の様々な事件が登場しますが、それらの内容がストーリーに影響してくることはありません。ので、それらを読んでいなくても、充分楽しむことはできます。
シリーズ13作目ということで、これからコンプしようと思うとなかなかの数がありますが、
前提知識として「掟上今日子の備忘録」だけは読んでおいた方がいいものの、本作は2冊目として読んでも全然OKです。
ご新規様でも、怯むことなく読んでみてほしい作品です。
更には、シリーズ発表当初から言われていた「掟上今日子=羽川翼説」がより捗る描写も満載です。
そういった点で、「化物語」シリーズのファンの方にも是非是非お勧めしたい展開となっています。
本作の魅力② ぶっ飛んだ世界観
本作は、シリーズ中屈指の「ぶっ飛び設定のお披露目回」でもあります。
これまでの既刊12冊では、「記憶が1日でリセットされる」こと以外には、あまり非現実的な設定が登場していなかったように思います。(※「西尾維新にしては」という前提があるかもしれませんが)特に、ことトリックにおいては、超能力的なもの、超常現象的なものはご法度だったように思います。(※「西尾維新にしては」という以下略)
しかし、本作では最初から最後までかなりぶっ飛んでいるのです。
まず、「第一の事件」では掟上今日子の頭がスナイパーライフルで撃ち抜かれるも、死ぬこともなく怪我をするですらなく、「忘却することを忘れた」だけ、という衝撃のスタート。
「第二の事件」では隠舘厄介の後ろに潜み、文字通り本物の意味での「地雷」を置き彼に踏ませるという、「影牢」ばりのトラップワークを見せる真犯人。
「第三の事件」では戦車が街を駆け、三階建ての掟上ビルディングを砲撃で全壊させるのです。
その後も、ミステリー用語だけが記憶から抜け落ちたり、本を読んだら記憶が戻ったり、掟上今日子は国連からマークされていたという事実が明らかにされたりと、もはややりたい放題。
これまでと世界観が違いすぎる・・・どちらかと言えば「めだかボックス」を読んでいるような感覚でした。
ここまで清々しくハチャメチャにされると、ツッコミを入れる方が無粋というレベルです。
勿論、これは批判ではありません。本作は、それをエンターテイメントとして楽しむためのものだと思います。
本作の魅力③ 軽妙な語り部
前述のぶっ飛び設定がさほど気にならなかった大きな理由の一つとして、文章が非常に軽妙且つユーモアに溢れて魅力的であることが迷いなく挙げられます。
語り部である隠舘厄介はシリーズ初回から登場する不動のレギュラーですが、ここに来て彼の語り口・キャラクターが完全に成熟したなと感じました。
など、冴え渡る言葉遊び。そこに更に、「探偵を呼ばせてください!」に代表される隠舘厄介のお馴染みの決め台詞(なんと今作では、彼自身が「冤罪探偵」にランクアップ)、そして彼の数々の職歴を活かした少し情けなくもコミカルな描写が加わることで、時には笑わされ、時には感心させられます。
西尾維新という作家は、言葉遊びを駆使したテンポのよい文章が本当に上手い。さながら漫才の台本を読んでいるような気持ちにもなります。本作では特に、その長所が大いに発揮され、ファンの求める西尾維新らしい文章がそこにあったのではないかと思います。
沖縄エピソードの意味の考察
このようにエンターテイメントに満ち溢れた本作でしたが、その中で一つ異色のエピソードが挿入されています。
それは、4本目「掟上今日子の防空壕」における「ひめゆりの塔」のくだりです。
犯人に命を狙われた隠舘厄介は、身を隠すために沖縄を訪れ、「こういう今日だからこそ見るべき場所がある」とのことで、ひめゆりの塔を訪れます。そこで、漫画家の里井先生と再会し、スマッシュヒットを連発する天才たる彼女の目を通した「戦争の爪痕」に対する考えを聞くことになります。
その中で、「ガラ」「防空壕」といったキーワードから、掟上ビルディングの地下シェルターの存在に気づく、という場面です。
さて、このエピソードからは様々な違和感を感じます。
その最たるものは、「このエピソードがその後の展開に影響を与えない」ことです。
地下シェルターの存在に気づくための場面と前述しましたが、それでは文章の長さに対して気づきが少なすぎます。また、別段それが「ひめゆりの塔」である必然性がないように思います。わざわざ沖縄の歴史的な場所を訪れずとも、例えば「近所の蟻の巣を眺めていたら地下の存在を思いついた」、的な流れでも全く問題なかったはずです。
では、何故敢えてこのように歴史的な重い題材が使われたのでしょうか。
それには、下記の2つの意図があるのではないかと考えます。
1つは、このエピソードが、「掟上今日子の鑑札票」の核となるテーマを暗喩しているのではないか、という説です。
上記のように、「忘れた振りをしている者がいて、戦争の続く世界がある」という関係性は、掟上今日子の忘却と、彼女が軍人だった頃に捨てた戦争の世界に置き換えることができそうです。
先の本編からの引用文を借りれば、「掟上今日子は、戦争の世界を忘れた振りをしている」という暗喩になるのではないでしょうか。
それは、世界を救う道を捨てた彼女を皮肉る言葉のようでもありますし、今後彼女の記憶が本格的に戻る(「忘れた振り」をやめる)ことの伏線の様に思えなくもありません。
もう1つは、このエピソードが作者の現在の心情を直接的に表現した、日記的な意味を持った文章なのではないか、という説です。
「書き物業」という点で、作中の里井先生と西尾維新は近い職業と言えますし、なにより下記の文章などは西尾維新自身の心境のように見えます。
デビューしたての頃の西尾維新の作品は、今よりも遥かに尖った、ぶっ飛んだものが多かったように思います。それこそ、人がバンバン死んでいく作品も珍しくありませんでした。
また、あとがきでは本作について「原点に立ち帰る」という言葉もありました。それは初期の設定を活かしたという文脈で使われている言葉ではありますが、本作のぶっ飛んだ設定などは若かりし頃の作品に通じるところもあり、今作に挑むにあたり全体的に「回帰」という気持ちが強かったのではないかと思います。それを現在の自分が客観視したときの見解が、上記のような心境につながるのではないでしょうか。
現実世界においても、ミャンマーのクーデーター、ウイグル地区の弾圧、中東問題と、紛争は絶えません。そんな世の中に「戦争」を題材にした本作を放つにあたり、ただ単に戦争をエンターテイメントとして捉えているのではない、捉えないでほしい、というメッセージなのかなと感じました。
終わりに
ということで、「掟上今日子の鑑札票」の考察、と言うか感想でした。
ミステリとしての要素はやや薄めで、色々思うところはありましたが、読んでいるときのドキドキワクワク感たるや、シリーズ13作目にして、トップ3に入る面白さだと感じました。
やはり西尾維新は奇才・天才だなと痛感しました。
ちなみに、この「忘却探偵シリーズ」は、第24弾まで刊行予定だそうです。
あと11作も読めることは大変喜ばしいことなのですが、完結する頃には自分は何歳になってしまっているのでしょう??
西尾先生には、是非とも最速でのリリースをお願いしたいところです。切に。
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